少年は海を渡っていった
『少年は海を渡っていった』
重畳なる果てしない山々、大河のように太平洋を悠々と進む黒い潮
その山々と黒い潮の中、陽光眩しい熊野の懐に、少年は生まれた。
深い森。
木漏れ日を受け、キラキラ光る葉の雫たち。
徐々に小さな滴りとなり、彼らは、微かな水筋になる。
その一筋が幾重にも幾重にも出会い、せせらぎを、やがて深緑の瀞をつくる。
そうして、彼らは、隆々たる清流となり、熊野の中を、大蛇の如くうねりながら、海に向かう。
少年は育つ。
木の葉の中、雫の中、滴りの中、せせらぎ・瀞の中で・・・・・
いつしか、熊野の大蛇の中で・・・・・・・・・・・・。
青い海。
少年は18。
海をみていた。どこまでもつづく青い海をみていた。
その背には熊野の大蛇が宿っていた・・・・。
この青い海の彼方・・・・・・・・・・・・。
夢を見る。
全身の血が沸き立つほどに、透き通った空に遠吠えするほどに、・・・・・・・。
この海のむこう、まだ見えぬ未知の彼方になにかがある。
いつの日か、この海を大股でゆっくり渡る。きっと渡る。必ず渡る。
やがて、屈強になった少年は海を渡っていった。はるか、水平線の彼方をめざして・・・・。
そして、何十年の時が流れた。少年は未だ、かえってこない。